7/8-7/10

 術後3日目になりました。今日は傷口につながっているドレーンが抜去されます。これでようやく唇を閉じることができるようになります。見ると口角が傷だらけで青痣だらけになっています。私は口が小さいので手術の際に目いっぱい押し広げていたらしく、その影響で唇もひどいありさまになっていました。軟膏を塗っていましたが唇の裂け目が本当に痛かったです。残るチューブは経鼻胃管と点滴の2種類。開放感はありますがこの経鼻胃管が最も厄介なのです。

 

 胃管で喉が痛くて唾液を飲み込むのにも苦労しました。辛いのが睡眠時で、眠りに入る寸前に唾を飲み込もうとすると痛みで目が覚め、反動でえづいてしまうということを繰り返してしまいます。本当に辛ければ細くて柔らかいチューブに変えてもいいと言われましたが、いずれは取れるものだしまた入れるのも気持ち悪いだろうということで我慢していました。意地もあります。もう顎の固定にも慣れてきたので残る課題はこの経鼻胃管だけでした。言語による看護師さんとのコミュニケーションは完全に諦めて筆談をしていました。

 

 

7/10

 

 術後5日目。今日は経鼻胃管が抜去される日です。長かったです。今日からシャワーも可能になるので午前中の外来を見越して午後一番にシャワーの予約を取っておきました。鼻から食べる最後の朝ごはんに感慨があるかと言われればそんなことは全くなく、もはや用済みになった容器をぶっ壊してやりたいくらいの心持ちでした。

 

 午前10時ごろ、外来に呼ばれました。ここまでくるとだんだん周りの患者を見るくらいの余裕が出てきます。歯科外来のソファーに座っている人の中でパジャマで点滴を引きずり、鼻からチューブが飛び出ているのは勿論私だけです。ここの歯科にかかっている人のほとんどは親知らずの抜歯だと思います。何せ年間900本を抜いているそうで、もはや名産地です。これから抜歯を控えている外来患者をさらに動揺させるべく、ふらふら歩きながら真っ青な顔で点滴を引きずってみせます。入院患者としての古参オーラを漂わせながら外来患者を威圧するのが入院生活の数少ない楽しみなのですから。

 

 診察室に呼ばれ、いよいよ経鼻胃管が外れます。不安はありましたが一瞬で引き抜いてくれたのでそんなには苦しくなかったです。鼻のあたりに胃管にくっついてきた胃液っぽい匂いがたかっているのが少し不快でした。でもそんなことも気にならないくらいに開放感が凄まじかったです。よく耐えた私。万能感すらあります。大きな試練を超えました。昼からは実に1週間ぶりに口から食事ができます。残りのチューブは点滴のみとなりました。

 

 食事とはいえ顎の固定はまだ取れないので歯の隙間から吸える流動食になります。重湯*1と味噌汁と、先ほどまで胃に流していた紙パック飲料が基本的なレシピになります。重湯って大嫌いだったんですよね。何の味もしないし量はあるし、早く全粥を出してくれってずっと思っていました。でも今はその重湯がたまらなく美味しい。あぁ、味噌がうまい、舌が喜んでいる。口から食べるって素晴らしい。ぐびぐび吸って完食し、すっかり水腹になっていました。

 

 午後にはシャワーを浴びました。左腕に点滴が入っているのでなるべく片手で洗います。点滴部分には濡れないよう、カバーを付けてもらう必要があります。別に痛まないので両手でガシガシ洗っても大丈夫といえば大丈夫なのですが、針が刺さっている腕に力を籠めたいとは思わないんですよね。1週間振りのシャワーなのでシャンプーが全く泡立ちません。恐ろしい。身体をこすれば垢がポロポロ出てきます。恐ろしい。口元はすっかり髭面です。ここで髭を剃る際にかなりの注意を必要とします。実はまだ顎の感覚が戻っていないので、カミソリで顎を切ってしまう人が多いそうです。神経に近い部分の手術をしたのでしばらくは顎の痺れが引かないのです。電動の髭剃りを推奨されましたが自宅に忘れてきてしまったので意を決してカミソリを顎に当てました。かなり気持ち悪い感覚です。というか正確には感覚があまりなく、不安です。鏡でしっかり確認しつつ、血みどろにならないよう時間をかけて剃っていきました。とはいえシャワーは1人30分までという囚人じみたスケジュールがあるのであまり悠長に構えてはいられません。髭も垢もまだ残っていますが続きは明日のシャワーにすることにしてそそくさと出ていきました。

 

 シャワーから出た後は辛気臭いパジャマを脱ぎ捨ててジャージに着替えました。ジャージは素晴らしいです。普段着にも寝間着にもスポーツにも使えます。なにより気分が高まります。入院着を着ているだけで何となく気分が下がるものなので、こんなものを着る必要はもうないでしょう。経鼻胃管が外れただけでこの万能感です。やはりチューブがひとつ、またひとつと取れていくことにより患者は元気になっていくのです。

 

*1:重湯(おもゆ)…ごくうすい粥の上澄み液。消化がよいため病人や乳児の流動食とする。白米を数倍の水でよく煮たうえで、漉して飯粒を除いたもの。といえば聞こえは良いが米のとぎ汁を飲まされると言った方がイメージに近い。