2/24-2/25

 翌日、外来に呼ばれました。入院患者の最大の特権として、外来の待合で待つことがほぼないということが挙げられます。長椅子に座っている患者たちを尻目にジャージとサンダルですたすた歩き去り、ノンストップで診察室に通される瞬間が最高に気持ちいいですね。しかも診察後はすぐに自分のベッドに戻って二度寝することができます。ふと見ると入院着で点滴を引きずり、頭部全体にサポーターを巻いて身体の各所からチューブを伸ばした少女が歯科外来の待合に座っていました。口は完全に開かないらしく、受付の人とはスマホで意思疎通しているようです。そう、半年前の私と全く同じ状態のように見受けられます。恐らくですが、彼女も顎を切るなどしたのでしょう。言うなれば顎の後輩です。頑張って…チューブさえ取れればあとは合法的にだらだらできる療養生活が待っているから…と、先輩として心の中から応援していました。こうして想いは引き継がれていくのです。もしかしたら私の時も誰か応援していてくれたのかもしれません。

 

 診察によれば傷の状態は普通らしく、予定通り明日で退院ということになりました。やはり顔が腫れてきてシルエットが完全に四角くなってしまいましたが、これも数週間で元に戻るそうなので我慢するしかないでしょう。恐らく、これでもう口腔外科でメスを入れられることはないと思います。常人の口内環境を手に入れる道のりも、だんだんと終わりが近づいているようでした。

 

 外来が終われば、ほぼその日のイベントは終了です。せっかくなので院内に新しくできた食堂を見に行くことにしました。食堂や売店のある建物に行くには、一度本館から出る必要があるようです。実際に行ってみると、そこには小さめのフードコートとコンビニがありました。せっかくなのでコンビニでおやつを買っていくことにします。なにせ粥しか食べていないもんで腹が減って仕方がない。個室なので間食しても迷惑が掛からない点が嬉しいですね。さっそく部屋に戻って食べながら、ゆっくり本を読むことにしました。

 

 その後は、待望のシャワーです。旧棟では一日おきに男性の使用日・女性の使用日と別れていたので最高でも2日に1回しか入れませんでしたが、設備も改善されたらしく、一応は毎日入れるようになっていました。ですが当然、完全予約制かつ一人30分までという囚人的なタイムスケジュールは変わっていません。昨日のオペの汗も纏めて高速で洗い流すしかなさそうです。修羅か…?

 

 のんびりしているうちに、最後の夜になりました。窓の外の夜景を眺めてみます。もうこの病棟に来ることはないでしょう。セキュリティも強化されているので二度と入ることはないと思いますし、病院のお世話になんてならない方がいいに決まっています。つまりは、見納めということです。知らない街の夜は好きです。ガラス一枚隔てた外には自分の居場所がない、みたいなスリルがあるような気がするので。数回にわたる入院で少しだけ見慣れてきた景色も、これで最後です。

 

2/25

 

 夜が明けました。今日は10時には退院です。今回は短かったのでシャバに適応するまでそう時間は掛からないでしょう。退院日の朝は意外と忙しく、朝食を終えたら早めに会計を済ませ、処方箋を受け取り、手っ取り早く荷物をまとめて部屋を出ます。思い出深いですが願わくはもう二度と来ることがありませんように…そう思いながら病室を後にしました。ナースステーションやデイルームを横目に病棟の自動ドアを抜け、エレベーターに乗り込みます。後ろで閉まるドアの音を聞きながら、社会復帰するべく、私は一歩外へ踏み出したのでした。